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臆病だった、少年時代、一緒にいてくれた沢山の映画
私にとって映画は、夢を見させてくれる、魔法のように感じた
時もありました。現実に生きてゆく中でつらいことがあったときに、
映画の中に描かれる、愛情や笑いが、自分の心を
溶かしてくれるのを感じたことは多いです。
自分が孤独で、悲しいとき、もう、そこにある、自分の存在自体が
嫌で、嫌悪感に包まれたとき、映画の中の主人公が、同じように
悲しみの中で、苦しんでいる姿をみて、なんとなく、自分を肯定的に
見られるようになったり・・。
私は、ただ、幸福が描かれている、映画というのは、あまり良い
映画だとは感じません。個人的な嗜好ですが、(^o^)
そういうと、なんだかすねているような感じですが・・(笑)
何も、不幸な映画が好きだというわけではないのですよ!!
ただ、幸福しか描かれていない、映画は、幸福な気分のときに
見たときには、ステキな気持ちなれますが、自分が落ち込んでいる
時にみたら、あまり、楽しい気持ちにはなれないような、気がします。
逆に、楽しい物語の底に制作した方の、悲しみや、困難を
乗り越えた思いなどがあると、楽しい物語の映画がさらに引き立つ
のですよね・・・。スイカにかける、一振りの塩の様なものでしょうか?
喜劇の中に、人生の悲しみ、孤独などを込めた
チャップリン・・。
チャップリンがその喜劇の中に、人生の悲しみや、孤独感、
その当時の社会問題などを、テーマとして込めたように、
私にとって、映画は、まさに、チャップリンが表現しようとしていた
もの、そういうもののように感じます。
今は、スクリーンの中の物語よりも、自分の人生のほうが
ドラマチックに感じるようになりました。
映画の中のヒロインよりも、隣にいる、恋人の顔のほうが、綺麗に
見えてきてしまったような気がして・・少し、ずつ、映画館に
足を運ぶ回数は減りましたが、今まで、見てきた沢山のステキな
映画は、僕の心に残って消えません・・。
※ チャーリー・チャップリン
本名チャールズ・スペンサー・チャップリン。
1889年4月16日から1977年12月25日
ハリウッド映画の初期の頃に活躍をした。
自分自身が映画に出て俳優として活躍するだけではなくて、
脚本家、映画監督としても、活躍した。音楽なども手がけた。
喜劇王と呼ばれ有名。
まだ小さかった頃、親に連れて行ってもらった映画は、
特別なものだった。
私が始めて映画を見たのは、父親に連れて行ってもらった
時だったようにおもいます。(^o^)
夏休みだったか、冬休みだったかは覚えていませんが、子供達が
長期の休みをとるじきになると、東映などが、子供向けの、長編の
映画を上映していますが、私が、父親に連れて行ってもらったのも
そんな映画でした。ドラえもんの「のび太と機械兵団」という
タイトル作品でした。同時上映で、めがねをかけてスクリーンを
見ると映像が飛び出してくるという、飛び出す映画もありました。
何をもらったかは、もう忘れてしまいましたが、ドラえもんの何か
おもちゃが付いてきて、それが、とても嬉しかったのを覚えています。
長編の映画と言っても、一時間ちょっとのものだったと思うので、
大人になってから観た、ベンハー(古い)、タイタニックなどの
映画に比べると、そんなに長い作品ではないのですが・・・。
でも、まだ、一桁の子供だった自分にとっては、そんな映画を
観に行くことは、大きなイベントのように感じていました。
なにか、とても素晴らしい夢の世界に、これから連れて行って
もらえる、そんなワクワクした気持ちになったのを覚えています。
大人になってからは、そんな風に映画を見に行くときに、ワクワク
した気持ちになるということは、あんまりありませんねー。
('-'*)

初めて見た、ドラえもんはどんな作品だったのか?
真面目に映画評論・・・・(`ヘ`;)
初めて、観たドラえもんは、名画だったと思います。
だって、映画のストーリはほとんど覚えていませんが、私の
心に、今でも、その当時のワクワク感などが、残っているのです
から・・。
今でも、なぜか心の奥に残っているのが、ヒロインの少女の
事で、物語の最後に、その少女が死んでしまうのですが、その
姿が、家に帰ったときにも、目に焼きついていたような気がします。
(ストーリが違ってたらスミマセン・・。)(^o^)
二本立ての作品の二本目は飛び出す映画でした。
赤と青の二色のレンズのめがねを付けて、スクリーンを見ると
映像が、画面から飛び出して見えるという仕組みのものでした。
これが、なかなか、馬鹿に出来ない作品で、スクリーンの向こうから
色々なものが飛び出してくるように感じ、頭を下げて避けたり
したりしたのを覚えています。(^o^)
子供の頃、親と観に行く映画って、なんだか、今、自分のお金で
観に行く映画とちょっと違う、なんだか特別な魔法がかけられていた
ように感じるのは、どうしてでしょうか・・・。
子供には、ありふれたものでもきっとステキに思えることがある
のでしょうね・・。
映画が好きだった父親
父は、自分自身が映画を観ることが好きだったので、私を
映画に連れて行ってくることがありました。
中学生の頃に連れて行ってくれた映画館は、今でも忘れません。
皆さんは、並木座という映画館は、ご存知ですか・・?
とても、小さな映画館で、スクリーンもあまり大きくありません。
もう、何十年も前からある、映画館なのでしょうか・・。
とても、古い建物だったとおもいます。
上映されている映画も、人気のある、ハリウッドの映画や、最新作
等ではなくて、昔の白黒映画などを中心に上映しているようでした。
並木座で観た、黒澤 明、 小津 安二郎監督!!
父に連れて行ってもらったときに、上映されていた映画が
黒澤 明監督の、「七人の侍」という作品と、小津 安二郎監督の
「東京物語」と、「生まれてきてはみたけれど」、という映画でした。
「七人の侍」は1954年に公開された、黒澤 明監督の映画です。
黒澤 明監督の最高傑作という方も多い作品で、世界的にも、高い
評価を受けており、後世の映画にも、大きな影響を与えたと
言われている作品です。影響を受けた監督して、スティーブン・
スピルバーグ監督で、荒野の七人という西部劇は、七人の侍の
リメイクのようです。舞台は戦国時代、ある村が野武士達に
襲われそうになり、その野武士から村を守るために、七人の
用心棒を雇います。そして、野武士達が村に襲い掛かってきます。
その戦いを描いた作品です。
「生まれきてはみたけれど」
こちらの映画は、黒澤明監督と並んで、有名な、
小津 安二郎監督の作品です。もう、何年も前に見た映画で、
何か、衝撃的なシーンがあるわけでもなく、たんたんとしている
映画ですが、印象に強く残っているのは、やはり、それだけ
すごい作品だということでしょうか?
物語は、東京の郊外です。そこに、新しくサラリーマンの子供の
兄弟が引っ越してきます。近所の子供達のガキ大将になりますが、
自分達のお父さんは、普通のサラリーマンです。自分の従えている
子供の親に対して(お父さんの職場の上司だったとおもいます)
その父親が、ペコペコと頭を下げているのをみて、子供達は
怒りを覚えます。父親に、もっと立派に振舞うように抗議します。
「東京物語」
この話も、小津 安二郎監督の作品です。
田舎から、老夫婦が、大人になった子供達の家を訪ねるために
出てくるというお話です。しかし、子供達は、みんな、喜んでくれる
訳では、ありませんでした。子供達に、もっと喜んでもらえると
思っていた、老夫婦は、軽い失望を感じます。
そんな老夫婦のことを一番親身になって、迎えてくれたのは、
血の繋がった子供達ではなくて、戦死した、次男の奥さんでした。
それから、田舎に帰る老夫婦ですが、老夫婦の奥さんが、急死
してしまいます。
映画に込めた父の思いを感じる・・・。
この三本の映画を観たのです。
あの時、父が私を並木座に連れて行ったのは、気まぐれだったの
かも知れませんが、・・・中学に進学した、自分を少し、大人として
みてくれていた部分もあったような気がします。
どの映画も良い映画ですが、小津 安二郎監督の作品は特に
人生の、悲哀を描いている側面が強いからです。
あまり、自分のことを表現することがうまい父ではありませんでした
ので、自分の好きな映画に連れてゆくことで、子供と、理解をし合おう
としていたのかもしれません。
「生まれてきてはみたけれど」という作品は、その当時私が
感じていた、父親に対する憤りに近いものがあったような気がして
います。父親には、何時も、かっこよく、尊敬できる態度でいて
欲しいとおもう、子供と、生活をしてゆくために、自分の上司に
ひたすら頭を下げるしかない、父親の悲哀、そんな父親の姿を
観て、成長してゆく、子供たち・・・・・そんな姿を描いた作品だった
のですが、当時、私も、あの映画の少年達と同じような思いを父に
対して抱いていたように感じます。
父には、色々な夢がありましたが、生活のためと、毎日、会社に
対する批判を言いながら、通っている姿をみて、父親に対して
もっと、生き生きと、尊敬できる生き方をして欲しいという思いが
あったのです。・・・・・・・今では、人には色々な生き方があるので、
サラリーマンがわるいとか、こんな父親が良いとか、自分の
狭い価値観で観た理想を父に押し付けようとは、思いませんが、
特に思春期の頃というのは、父親に対して、息子と言うのは
厳しいものなのかも知れません・・・。( ^-^)
あの映画館で、あの映画を私に見せたのは、何か父の子供に
伝えたい思いがあったような気がします。
あれから、とても長い時間が流れました・・。
父と色々なことで衝突して、父とはあまり話さなくなって
しまいました。でも、あの映画館に連れて行ってもらった
思い出や、観た作品群は私の心の奥から消えることは
ありません。
その後、並木座は閉館になってしまいますが、父親はその
閉館の時にも私を映画館に連れて行ってくれました。
面白い映画、良い映画は、人によって違いますが、ただ、
お金をかけていない映画でも、小さな映画館で上映された
ものでも、とても、心に残っている映画もあるということでした・・。
(^-^)
「ニューシネマパラダイス」
父に連れられて見に行った映画で、最後に見に行った映画が、
ニューシネマバラダイスでしたね・・。海の上のピアニストと言う
映画がありますが、あの監督の作品ですね。人によっては、
ちょっと演出がくさいと言うか、ドラマチック過ぎると言う方も
いますが、父は好きなようでしね・・。
ある町に一つの映画館があるのですが、その映画館に
憧れる少年が、映写室で映写技師に出会い、映写室で、映画の
映写機を動かします・・。その後、戦争があり、その少年も戦争に
ゆき、失恋などをします。その間もその映画館はその少年の事を
見守るようにその町にあり続けます。そして、また長い時間が経ち
少年が中年になったとき、その町から古くなった映画館がなくなって
しまう、壊されるところで物語が終わります・・。
映画館の終わりが、一つの時代の終わりを象徴している
ように描かれている作品でした。あの映画以来、父と一緒に
映画を見に行くということはありませんが・・名作と言われている
作品です。(^ー^)
※「ニューシネマパラダイス」
1989 ジュゼッペ・トルナトーレ監督の作品。
物語の舞台は、第二次世界大戦直後のシチリア島です。
舞台となる村の人たちの、少ない楽しみの一つは、映画館
「パラディソ座」でした。そんな映画に心を惹きつけられた、映画
好きの少年、トトと、彼が慕う、映画技師のアルフレードとの、
心のふれあいを描いた作品です。物語、少年 トトが少年から
大人に成長してゆく過程が描かれ、彼が、中年になり、やがて、
「パラディソ座」が、取り壊されて、村からなくなってしまう所まで
描かれています・・。
なんだか映画の話と言うよりも私の家族の話になってしまい
ましたが、好きな映などは、その当時の、その人の人生が反映
されたり憧れなどがその近くに隠れているもののように感じるので、
その映画にまつわる、家族の話をさせて頂きました。
映画は、自分にとって、小さな反抗だった
「大人はわかってくれない」
他に、好きな映画は沢山ありますが、何時も、そこには自分
自身の姿を投影していたような気がします。私が、自分自身で
観て、感動した初めての映画は、大人はわかってくれないと
言う映画です。
昔の白黒映画何ですがフランスの、トリュフォー監督の
映画です、小さな子供が、自分の寂しさを両親に理解してもらい
たいと思いながら、それが理解されずに、傷つき、一人町を
さ迷う、少年の孤独を描いた作品です。
少年は、半分やけになり、あまりに大人を困らせるので、
鑑別所?、に連れられていってしまいます。
映画の最後に鑑別所を抜け出した、少年が走って逃げて、
最後に辿り着いた場所と言うのが、広い海のシーンでした。
白黒の海ですが、何だか、私の心にずっと残っています・・・。
あの頃私が夢見ていた、自由や、愛などが、そこに投影されている
様な気がしたからでしょうか・・・。
今、あの頃の自分の憧れがそのまま、今の憧れかと言うと
まったく違うと言って過言ではありませんが、ただ、人が、人で、ある
限り、きっと、 求め続けるだろう、自由と言うものであると、あの海を
捕らえると、子供のお話ですが、大人にも普遍的に共通するテーマを
描いているような気がします。
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